*--バルセロナ建築漫遊記--*

バルセロナからの気ままな発信です。


□風の色 海の色 バルセロナ色


ジロナ地方建築再生保存物見学会  2006/10/09(月)
グラン カスカダ(Falling Water)の家の近況2  2006/10/06(金)
グラン カスカダ(Falling Water)の家の近況1  2006/09/28(木)
バルセロナの葬儀場−石庭風の庭−  2006/09/21(木)
瞑想の空間「小瀧の庭」  2006/09/20(水)
今日9月18日はバルセロナ在住20年記念日  2006/09/18(月)
3兄弟セルフビルトプロジェクト着工  2006/09/13(水)
本当のサスティナブル「持続可能な」とは?  2006/09/11(月)


ジロナ地方建築再生保存物見学会
昨日はカタルーニャ建築家協会のオルガナイズした建築文化遺産再生保存見学会で、バルセロナからバスで北へ100舛曚匹離献蹈覆諒まで行って来た。奇遇なことに20年前にバルセロナ工科大学のドクターコースでお世話になったタラゴ教授とご一緒し、当時の思い出話に花が咲き、秋空の澄み切った天気で、楽しい見学会となった。また、偶然にもこの見学会をオルガナイズしたのは、その時の学友Pepで、久々の再会に盛り上がった。彼はジロナ県の建築官僚として活躍しているらしい。カタルーニャでの20年もの建築が結ぶ縁で、幸せな一日を過すことが出来た。
担当した建築家の説明で、6つの作品を、丁寧にくまなく見て周り、見学が終わったのは夕暮れの8時を過ぎていた。
その中で、一番気に入った作品が、15世紀に建てられた水車小屋を、4ツ星のホテルルラールにモダンに再生したものだ。小屋に流れ込む水路を保存し、それを生かしながら見事に建築的にデザインしているのと、雄大な3つの岩山の風景とシンクロさせながら建築的造形を作り出していることに好感が持てた。再生計画、設計は、
地元の建築家Josep Ma Deulofeu氏、作品名は、Moli del Mig.
久しぶりに良い建築も見ることができ大変充実した一日であった。

Date: 2006/10/09(月) No.56


グラン カスカダ(Falling Water)の家の近況2
写真1.滝壺の上に迫り出したキャンティレバーのガラスのテラスの工事が始まった。右の瀧と、せせらぎの岩組みは昨年の夏のもの。写真2は瀧真下からの見上げ。黒の壁は、玄昌石のブロックを積み上げたもの。スペインではピサーラと言い、普通1cmの薄い石板にして天然スレート屋根材に使われる。ようやくこの大滝も仕上げ工事に入った。
地下20mまで掘り下げられた地下4階建てのカサ4のRCの構造体の工事が終わった。クライアントは、この大瀧のデザインに大変満足し、今度はそのパティオに落差15mの階段状に落ちる滝のデザインを依頼された。
まだまだ、グラン カスカダ(Falling Water)の工事は続く。
Date: 2006/10/06(金) No.55


グラン カスカダ(Falling Water)の家の近況1
バルセロナの街の祭り「メルセー」が終わると、本当に夏のバカンスが終わったのだと言うことをバルセロナ市民は自覚するようになる。毎年、この時期天気が悪い。バルセロナ市民はこの雨のことを「聖女エウラリアの涙」だと言う。もともと彼女がバルセロナの聖女であったのが、18世紀のバロック期以降に新しい「聖女メルセー」に取って代わったからである。。それからは、この時期になると必ず雨が降るという言い伝えがある。今年もこの週末、激しい雨に祟られた。
メルセーの祭りも終わり、今日は朝からスカッと晴れた。久しぶりに新しい工事主任から連絡があり、以前このブログでも紹介したシッチェスのグラン カスカダ(Falling Water)の家の現場へ行くことになった。この新しい工事主任で4人目である。クライアントのペースで工事はズーと進んでいる。このバカンス中にカサ2に引越しをして住み始めた。工事が始まって5年半の時間が既に経っている。(写真参照。カサ2は下の部分で、フローリングの木製の2層のテラスが、斜めに張られた2本の鉄の梁によって支えられているのが特徴の、鉄骨造のクリスタルハウスで、カサ1は、RC造の半円形の巨大な空中展望台が食堂兼サロンになっているのが特徴の上の家である。)現在地下4階建てのカサ4が建設中で、カサ1はようやく仕上げ工事に入ったところである。このクライアントファミリーは後2年ぐらいしたら上のカサ1に引っ越せるであろうか?
この恐るべき建築にかける情念は、ヴィスコンティの映画、「ルードイッヒ2世」を身近に見ているような感じを覚える。
Date: 2006/09/28(木) No.54


バルセロナの葬儀場−石庭風の庭−
今日の新聞に、バルセロナ市の運営する葬儀場に関する折込広告が入っていた。フラワーアート、音楽演奏などの伝統的なものから最新のテクノロジーを使って亡くなった人の皮膚を切り取り保管し、DNA情報を一枚のCDに記憶したり、亡骸で人工ダイヤモンドを作ったりと葬儀に関するいろいろなサービスを提供している。正しく現在のメモリアルアートの世界である。最近完成した葬儀場には、jardin zen(禅の庭)があると写真付きで出ていた。茶色の砂の上に、約1mの黒い大きな石を3つ置かれ、石の周りは砂紋が付けてあり、竜安寺の石庭風にしてある。鉄錆色の漫画の吹出しみたいなものが、たくさんその砂の上に刺さっている。どうも、その建物を設計した建築家が雲をイメージしてデザインしたものらしい。スペイン人の建築家が日本の石庭の写真を見て適当にデザインしたカンジである。「禅からインスピレーションを得て石庭をデザインし、眼下にひろがるパノラミックなバルセロナの街(地中海、空)を借景し、融合する。・・・石庭は、水はないが川の流れ、海を砂利でシンボライズしており、その砂利の床に設置されたいくつもの噴霧器から霧が出て、まるで雲の上にいるようなイメージある。・・・」文面を読んでいるとなにかこのスペイン語の文章に覚えがある。そうだ。これ、自分のだ!3年ほど前に、市の葬儀課のディレクターから直接私の方に連絡があり、葬儀場に日本庭園を造りたいというので、相談に乗ったことを思い出した。その時は、自分もバルセロナでやっと名が知られるようになって来たと喜んで、すぐに企画書と概算見積を作成し、プロジェクトマネージャーに提出した。その後結局、設計の仕事には繋がらなかったので、すっかり忘れていたのである。知らない間に、しっかりそのコンセプトとアイディアだけコピーされ、ひどいデザインで日本庭園(禅の庭)が謳い文句になっていた。
これでは、ここに葬られた人は浮かばれまい。
Date: 2006/09/21(木) No.53


瞑想の空間「小瀧の庭」
7年前、日本文化に興味のあるスペイン人のクライアントに、家の改築と庭を依頼された。特に、書斎の中から日本庭園を見ながら座って瞑想できる空間ほしいという強い要望であった。この家の設計は、世界的にも知られている建築家エリアス・トーレスの相棒、ホセ・A・マルチネス・ラペニャで白壁で無駄な空間が少ないモダンな建築である。書斎の中に90x90cmの畳敷きで天蓋付きの座禅のための小さな祠を創り、そこから「深山幽谷の瀧」の眺めの縮景の庭を作庭した。それに合わせオリジナルの机、違い棚、押入れの和風のインテリア、家具のデザインをし、内部と外部を融合した和の空間となった。この和の空間が気に入ってもらえ、シッチェスの3つの邸宅、現在のマンション全面改修工事の仕事に繋がった。
今回スペインの建築雑誌社がこの庭に興味を持ってくれ、次号に載ることとなった。
Date: 2006/09/20(水) No.52


今日9月18日はバルセロナ在住20年記念日
今日9月18日は私たち家族のバルセロナに到着して20年の記念すべき日である。昨日は、お世話になった友人たちを招待し、ささやかなパーティを自宅でした。
20年前、パリでルノー5のかなり走りこんである中古車を当時約14万円で買い、自動車保険がそれより高い20万円近くしたのにびっくりした。パリからリモージュ、カルカソンヌ、バルセロナまで約1000舛瞭残を、3日間かけて期待と不安を抱きながら国道を走った。その時、女房は8ヶ月の身重であった。バルセロナに着いたのは夕方で、その日はグラシア地区の安いオスタルに泊まった。宿泊代よりも一晩の駐車場料金の方が高かったと思う。当時のバルセロナの街はオリンピックの開催も決まっていなかったので、まだ薄暗い街で、その夜に見に行ったガウディのカサ・ミラは不気味なほど凄みがあったのを昨日のことのように憶えている。(その時から今までの自分史的なものは、新建築2004年6月号のSTAND POINTに紹介している。)それから、丁度2ヵ月後の11月18日に子供が生まれ、今ではイギリスの大学の建築学部の2年生になる。その間いろんな人にお世話になり、現在の自分たちがある。また、自分たちの人生は建築を通しバルセロナの街と共にあるのだということを実感している。


Date: 2006/09/18(月) No.51


3兄弟セルフビルトプロジェクト着工
3兄弟セルフビルトプロジェクトが着工した。100僧イ譴織織薀乾覆慮従譯瓜間ほどで到着。すでに現場監理に当たるトマス、3兄弟のお父さんホセ、長男ジョルディ、3男マヌエルが集合していた。間口18m、奥行き45mの敷地は既に夏休みの間に整地され、境界線壁の工事を始めたところであった。ジョルディは、農業に従事する傍ら、建設重機のオペレーターもやっているので、ブルドーザーによる整地はお手のものだ。松は、奥に生えている一本を除ききれいに無くなっていた。図面を広げ、次の作業の掘削工事の段取りを話そうとしたところ、さっそくトマスから「問題が出てきたのだけれど。」遠慮がちに言われる。前の道路にレベルを合わせ奥まで整地していくと1mほど、隣地とレベル差が出てしまい、既にそこに家を建て生活している隣人から、自分の境界線と同じレベルにしなければならないと言ってきていると。現場と図面を確認し、市役所にも電話で確認したところ市の条例にはそのようなことは決められていないと言う。どうも、境界線近くにある畑に光が当たらなくなるのでもっと下げてくれと言うことらしい。、いろいろ話し合った結果、奥の隣との問題の部分は、庭の部分なので後でレベルの調整可能であるということになり、このまま、同じレベルで整地を行い、境界線壁の工事を続行することになった。特にセルフビルドの現場では、各自が納得の行くまで話し合う事が必要である。問題にぶち当たった時に、フィードバック可能な柔軟な建設システムが建築の質の良し悪しにそのまま繋がってくる。
Date: 2006/09/13(水) No.50


本当のサスティナブル「持続可能な」とは?
言葉で、サスティナブル「持続可能な」社会を作ろうと言うことは容易い事だが、実際にここまで工業化、商品化されている近代社会では難しいことである。「自然と共に生きる環境循環型社会」を作ろうということであるから、都市を捨て、田舎に住んで農業で自給自足型の一時代前のライフスタイルに転換しようと言っているようなものである。電気、ガス、水道、下水道、電話、高速インターネット等の都市インフラの生活を享受している都市生活者には、よほどの覚悟が必要な提案である。
既に15年前、地中海に浮かぶスペインの国際的リゾート地マジョルカ島で、リゾートライフをエンジョイしながらビジネスもするという持続可能な開発計画の「PARC BIT建築デザインコンペ」が指名コンペで行われた。日本からも建築家の原廣司が参加し、最終的にリチャード・ロジャーズの案が選ばれた。地中海の夏場乾燥しがちな環境に「水と緑」を成立させるエコシステムを提案し、「21世紀の情報産業型社会の田園都市構想的」なもので、夢のサスティナブル「持続可能な」開発モデルであった.
しかし、それが完成して21世紀のユートピアになったという便りはまだ届かない。
Date: 2006/09/11(月) No.49


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