*--バルセロナ建築漫遊記--*

バルセロナからの気ままな発信です。


□風の色 海の色 バルセロナ色


ジャン ヌーベルのAGBARオープンしました。  2005/09/17(土)
ボフィール キャプションアップしました!  2005/09/10(土)
ミラージェス キャプションアップしました!  2005/09/08(木)
ジュジョールキャプション アップしました!  2005/09/07(水)
ヌーベルのAGBARキャプションアップしました!  2005/09/04(日)
モンセラット教会  2005/08/12(金)
グラン ボベダの家  2005/08/07(日)
グラン カスケードの家 4  2005/08/05(金)


ジャン ヌーベルのAGBARオープンしました。
ジャン ヌーベルのAGBARが、ついにオープンした。
http://www.u1architects.com/catranarchitects/nouvel/index.htmスペインでは優れた建築は芸術、文化との認識が確固としてあり、国王夫妻がマドリッドからオープニングセレモニーの為に駆けつけ、建築家を祝福した。今日の新聞には、にこやかな王妃の隣に、満足げなヌーベルの姿が写真に納まっていた。
夜のAGBARは昼とは全く違った表情を持っている。各階の外周のクリスタルルーバーに、発光ダイオードで建物全体を赤、青の色にイルミネーションさせ、それがモザイク状に貼られたアルミのカラーパネルに反射し、幻想的な雰囲気を醸し出している。昨夜は多くの人が見物に訪れ、夜のAGBARに魅入っていた。ガウディのサグラダファミリアと並び、バルセロナの新しい観光スポットになるだろう。
Date: 2005/09/17(土) No.24


ボフィール キャプションアップしました!
ボフィール キャプションアップしました!http://u1architects.com/catranarchitects/bofill/index.htm
最初にボフィールを知ったのは、確か20年前建築学会で行われた鈴木博之氏の講演会であったと思う。マルヌ ラ ビレのアブラクサスの集合住宅のスライドを見た印象が鮮明に残っている。当時日本でも大流行していた、アメリカのポストモダン建築建築よりも、重厚な感じがした。それはアメリカの商業的な軽い感じのするポップクラシックに対して、ガラス、コンクリートの現代の建築素材を使ったヨーロッパの伝統クラッシック折衷モダンとでも呼べようか。
そして今日またボフィ−ルの建築を見るとウォールデン7以前のスペインにある初期の彼の作品が、前衛芸術的でありながら、合理性を備えた力に溢れた魅力ある建築であったことを再発見した。
Date: 2005/09/10(土) No.23


ミラージェス キャプションアップしました!
ミラージェスの遺作となったイグアラダの市営墓地。http://u1architects.com/catranarchitects/miralles/index.htm
彼が死んでもう3年が経とうとしている。
10年前,ミロ美術館の磯崎新展で彼を紹介されたが、名前を聞いてもピンと来なくて,どんな建築を作っている人なの,と隣にいたエーリアス(Elias Torres)氏に聞いてしまったのを昨日の様に覚えている。当時は,まだ建築よりも鉄材を自由に大胆に使ったオブジェで名前が出始めていたが、同世代の彼の作品にはあまり興味がなかった。彼を意識するようになったのは、それからすぐ後のミース賞の最終選考で、イグアラダの墓地の、パワー溢れる彼の手による平面図のドローイングを見てからだ。とにかく、ガウディを髣髴とさせる曲線のフォルムが魅力的で、久々に完成したら見てみたいと思ったプロジェクトであった。その後、彼は2人目の奥さんとなったイタリア人建築家のベネデッタと協働し、数々のビックプロジェクトをものにしていったのである。彼亡き後、ベネデッタ率いるEMBTによりUKのエジンバラ市庁舎、バルセロナのサンタ カテリ−ナ市場などの大きな作品が完成し始めている。
そして去年、バルセロナから車で1時間ほどのイグアラダの村に行く機会があり、ようやく彼の建築作品を見ることが出来た。墓地は村はずれの静かな場所にあった。墓地施設はミラージェスが死んで以降工事が留まったままで、全てがそのまま凍結してしまったような、沈黙の建築であった。しかし墓地内を歩き廻ってみると、建築が詠っているような、のびのびとした明る心地良い空間であった。
ミラージェスよ!永遠に・・・合掌。
Date: 2005/09/08(木) No.22


ジュジョールキャプション アップしました!
ジュジョールのモンフェリ村にあるモンセラット礼拝堂キャプションアップしました!http://u1architects.com/catranarchitects/jujol/index.htm

15年前,ドクターコースで一緒だったタラゴナに住むイグナシオにここを案内してもらった。その時はまだ50年前に建設された,カテナリー曲線のドームが廃墟化していて,とても完成するように思えなかったし、ガウディのサグラダ ファミリアに比べたらミニチュア版でどうってことないな,とあまり気にもとめなっかたのを憶えている。しかし今回、計画から80年後に完成した内部空間に入った時の印象は,あの時とはまったく違ったものであった。ジュジョールもすごい!ようやく彼のすごさがわかるまで自分は年を重ねたことか。
彼がこの礼拝堂を船のイメージで考えていたことが,彼の残した簡単なプランによって分かり、この建築をより深く見ることが出来た。偶然にも,現在私がシッチェスで建設中のカサ デ ベレロ(帆船の家)と、建築イメージで重なるところが多かったので,ますます興味深い。またローコストで,村のボランティアの人たちにも合理的な建設体制を,ジュジョール自身が考え実践していたことに、自分が目指すべき建築家像を見ることが出来る。
Date: 2005/09/07(水) No.21


ヌーベルのAGBARキャプションアップしました!
フランス人建築家ジャン・ヌーベルのAGBARキャプションアップしました!
今やバルセロナの新しいシンボルとなったヌーベルのAGBAR.5年の歳月を経てようやく完成することになりました。省エネだけを考えたエコテックにとどまらない大胆不敵なヌーベルのデザインに圧倒され感動します。http://u1architects.com/catranarchitects/nouvel/index.htm
Date: 2005/09/04(日) No.20


モンセラット教会
モンセラットは日本語に翻訳するとノコギリ山で、雨風で長い間に浸食された礫岩がつんつんと突き出ているのでそのような名前が付けられた。特に南側からの眺めは納得させられる。この山の中腹に教会が張り付いている。この奇岩と一体化した建物は一見の価値がある。その黒いマリヤ様を拝むために一時間ほど列に並んだ。そのマリア像は、12,13世紀ロマネスク期に作られたもので素朴な感じがする。当然黒いマリア様なのでひざの上にいる子供のキリストも黒い子だ。しかし、どう見てもアフリカの黒人という感じではなく、長い間洞窟の中に祭られていたのでそのろうそくのすすで黒くなったという説が頷ける。
ガウディは、6月13日の自分の聖人で建設の神様のサンアントニオの日には毎年参っていたという。この聖地のためにこの特異な地形を利用して壮大なプロジェクトを計画したが実現はしていない。しかしサグラダ ファミリアの塔群は、モンセラットから着想を得たとも言われている。弟子のジュジョールのモンフェリのモンセラット教会(http://u1architects.com/catranarchitects/jujol/index.htm
ジュジョール参照のこと)は、サグラダファリアのミニチュア版とも言われているが、屋根はモンセラットの岩に似せたクーポラが立っている。このモンセッラットの影響は計り知れないものがある。
Date: 2005/08/12(金) No.19


グラン ボベダの家
大滝の提案がきっかけとなり、そのクライアントの父、弟の家を建て続けに設計することとなった。写真左が、最近完成した父の「グラン ボベダ」の家。「ボベダ」とはボールトのことで、4つの5m少し上向きに突き出たRCの庇が特徴で、カタルーニャとガウディへのオマージュ(賛歌)としてデザインした。シッチェス市の建築指導課と何度も打ち合わせをし、設計変更を重ね2年かかってようやく建築許可が取れた。日本人の建築家の名前でスペインの建築許可が出たのはこれが初めてだろう。右は、現在建設中の弟の「ベレロ(帆船)」の家。
Date: 2005/08/07(日) No.17


グラン カスケードの家 4
この写真は現在のグランカスケードの家の正面ファサード。大滝は上の半円形の形をした建物の後ろにある。大滝の提案がクライアントにたいへん気に入られ、私がMBM事務所に変わりこのプロジェクトの主任建築家になることとなった。
Date: 2005/08/05(金) No.16


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